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2006/11/03

オチとは

別に人に比べてお笑い好きでもなんでもないのですが、仕事でいろんな地方の人と話す機会があるので、なんとなく「オチ」についてふと考えてみました。

関東の方とお話していて、「関西の人の話ってみんなオチがあるよね!すごいね!」とよくいわれます。

一応私カンサイジン、でもオチのある話をしている自覚はまったくなし。「あんたの話ツマラン」といわれることも少ないですが、「おもろいなぁ」といわれることもあまりありません。(キャラ自体がオカシイといわれることは、たまに。)

どうやら、関東のひとは「関西の人はオチを考えながらしゃべっている」と思っておられるようです。そうやったかなあ、う~ん、そうかなぁ?・・・・そんなに考えながらしゃべってないなぁ・・・うん!そうじゃないな!と、説明しながら気がつきました。

たとえば、なんかすごくウケそうな事態が発生して、それを翌日友達に話すとします。
そうすると、その事態がオチであるともうその時点で決定しているわけです。
あとはそこまでに至る過程を効果的に話して、目指す地点をピークに持っていくのみです。そんで、ウケたらその話は終わり。次の人にバトンタッチです。

例えば・・・
きのうまで神戸に帰っててんけどさぁ、神戸行くときな、乗り換え待ちで中川の駅でカバンから携帯出しよってん。なかなか出てこんくて探したんな、「あれぇ、アレェ、入れたのに、どこやろ~」って、アタシの携帯黒いから、黒いカバンに入れると分からんくなるねんな。ほんでやっと出てきたらさぁ・・・・・ウチのテレビのリモコンやってん。
(幸いウケる、しかしこの先にまだオモロイことあったからさらに続ける)
ほんでもうめっちゃ恥ずかしくってさぁ、実家帰ってハナシしてめっちゃウケてそのテレビのリモコン出してさぁ・・・・リモコン実家に忘れてきてウチ今リモコンないねん。
(さらにややウケる、私の話は以上終了、次の人がなんかまたチョットつながったあたりでなんかハナシします・・・)

いちばんウケたところで終わる(というか次の人がハナシ持って行く・・・ココ重要)から、「かならずオチがある」って誤解されるんですね。あ、そうそう、基本的にウケそうな話しかしたくありません。ハナシ振られるまで待つか、人の話にツッコミを考えるか、といったところです。

もちろん、「この人めっちゃおもろいわぁ」いうひとは変幻自在にオチを操っておられるのかも知れません。しかしさすがに落語みたいなよくできたオチは平凡な日常にはなかなか転がっていません。ワタクシのような一般カンサイジンでも勝手に「おもしろーい」と思っていただける場合があるのにはそういうカラクリがあったのかな、と私なりに気付いた次第です。

ちなみに、今の「例」の話、学生時代の実話です。
(知ってる人にはさんざん話したよねー)

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コメント

そうね、「オチのある話の仕方」というよりは、「盛り上がる会話術」もしくは「普通に友達づきあいをするために最低限必要な会話のしかた」という感じ。
あまりにいままで意識しなさ過ぎたので、人に説明しながらやっと気付いたよ。
オチ、ちょっと滑ってもだれかがハナシ続けて最終的にはオモロイ話にしてしまうし。

投稿: emino | 2006/11/04 18:05

結局、最初の時点からまず違うのよな。

話の動機がオチというか、オモロいから話をするわけで、オモロいということは何らかのオチがあるわけだ。

それにいくつか暗黙の了解というか礼儀があるよな。

・オチまでは違う話にとばさない。
・できるだけいいタイミングでツッコミをする。
・面白くなければ何らかのフォローをする(突っ込まない、は初級の手だよね)

こういうことを小学生の頃からやってれば自然と身に付くわな。

投稿: 寿 | 2006/11/04 00:45

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